何のための勉強か 社会

早いものでもう9月です。
中学3年生はこのあと毎月のようにテストがあります。
学習塾としては気合を入れ直して高校受験まで全力疾走するイメージです。

さて、表題の件について。先日、社会以外の科目については私なりの答えを書いたんですよ。
簡単に言えば「やらざるを得ないとき、やれるか?」ということ。

子どもたちは大抵、いま勉強していることなんて将来使わない、とか、使いそうな職業には就かない、なんて言います。
そういう「やりたいかどうか」ではない。
極端な例ですが、遭難した、なんてときですよ。幸い一人ではなかったけれど、一緒にいる人は日本語はわからない。とりあえず英語、試す価値はありますよね。
そしてサバイバル。火をおこす、水・食料を手に入れる。これらを勘でこなすこともできるかもしれませんが、科学の知識があれば助けになることは間違いないです。
まあ、プラス経験ですけどね。実際のところ、知識だけではなかなか火は起こせないです。

もちろん、やりたいことがあるならそのために勉強することも必要ですが、英語、数学、理科の知識はいざって時に使えるわけです。
そして日本人としてはこういう知識を得るため、本を読むにせよ、学校で習うにせよ、国語力がいるわけで。

さあ、では社会。一応、前も私なりの答えは書いてますね。「広い意味で人間関係を調整するため」これってどういうことでしょうね?

まず、小学生~高校生にとって、ではなく、世間一般にとって、社会科学というものにどういう意義があるのか、考えてみます。

道路を作ることになったとしましょうか。
道路を作るなんてなかなかの立場ですけどね。議員とかなんでしょうか。有権者からお願いされたんでしょう、この辺に道路を通してくれ、なんて。
まず出番があるのは、実は数学なんです。測量ですね。道路の設計をしたいわけですけど、その前に作る場所の正確な地形を知らないとならない。
距離、角度に加えて、高低差もかなり大切です。
そして設計。道路をどんな風に曲げるか(専門的に言えば曲率が連続に変化するように)、ということも数学が解決します。それから物理、化学。道路や橋の土台はどのような構造にするか。
構造力学っていうやつですね。橋が車でびっしり埋まるようなことがあっても、落ちないようにしないと。どのくらいの強度が必要か計算しておきます。
その必要な強度を出すためにはどんな材料がいいのか。この辺が化学です。
まあ、まとめて工学、という方がいいのかもしれません。測量、土木、建築などなど、それぞれ専門の会社にお任せする部分。

作りたい道路のイメージが固まっても、最近では実際に工事を始めますよ、という前に現地の環境調査というのが必要とされます。
多分、高度経済成長の時期とかにはあまり気にする人はいなかったんでしょうけど。
森を切り拓いたり、川の流れを変えたりしたとき、生態系にどんな影響がありそうか、調べるんです。
これは生物学、ですかね。これで高校で勉強するいわゆる理系科目はだいたいそろいました。数学、物理、化学、生物。道路作りにはこれらの学問が必須です。
ところで、高校の理科にはあともう一つ、地学というのもあります。これは地球科学の略称です。
この地球科学というのは、本来は数学、物理、化学、生物すべてを特に地球に対して応用して、地球の特徴を調べる、という分野であって、高校ではまだきちんとした意味で学べるものではないように思います。
実際、高校の現場での地学は文系の生徒が選択する暗記だけの理科、という程度の扱いです。
高校での扱いはともかく、道路を作るという作業は地学を実践している、と言い換えることもできるかもしれませんね。

以上のように、理論的な部分は地球科学の、工事の実務的な部分は工学の出番、というわけです。これらはまとめて自然科学であり、いわゆる理科です。

ところで、この理論・実務と並行して、社会学的な調査も進んでいるはずです。
そもそもの道路計画の前に、地域への影響の調査というものをした方がいいですよね。
現在の人やモノ、金の流れから言って、どこにどれだけの規模の道路を作るのが一番みんなのためになるのか?
新しい道路ができたとき、通学や通勤が便利になって喜ぶ人もいれば、人に流れが変わるせいで客足が減って商売に困る人が出ることもあるでしょう。正直、全ての人にとって恩恵のある道路というのは難しい。
それでも全体として利益がある、と判断されたら道路計画は走り出します。
では、誰がこの「全体としての利益」をはかるのか?
おそらく、地域の地理や経済に明るい大学教授、あるいはそれに近い有識者に頼んでみようか、となるでしょう。
ここの地形がこうなってああなっているから、こっちよりあっちに曲げた方がいい、とか。
そこの工場と向こうの倉庫の間の行き来がスムーズになれば、建築にかかる費用を補って余りある、なんて。
そんなようなことをまとめて、この道路で経済効果が何億円、なんて試算するのでしょう。
その試算がどれほど正確か、非常に大きな問題だとは思いますが、そこは今は気にしない。

もちろん、法律や人権のことも忘れてはいけない。
道路工事の過程は合法か?この工事によって人権を侵害される人はいない?

大人にとっての社会科学の意義は、どうやらこの辺にあると言えそうです。
道路造りのような、一人ではとてもできない大きな事業を始めたり、実際に成功に導くための動機付け。
工事を始めてからあちこちで反対運動みたいなものが起きたら、時間も金もかさむ一方ですから、事前の根回しのための調査と言ってもいいかもしれません。

学校の社会の中では、地理と公民に当たる部分。私が「社会は人間関係の調整のために学ぶ」と言ったのは、こういった事情を考えてのものでした。

学生に向けて社会を勉強する意味としてまとめるなら「将来、いろいろな人と一緒に仕事をするとき、地理・公民的なことを考えられないとうまくいかないんだよ」ってなところでしょうか。

しかし、必要なのはあくまでも地域の地理や経済に関する知識や経験じゃないの、とも思えます。
世界各国の農業とか、経済の一般論とか、必要かな?
それにあえて触れてないみたいだけど、歴史の話なんて出てきてもいないよ?

そうなんですよねー。実際のところ、大人がなんらかの共同事業で必要とする社会学的な知識・考察と、中学生・高校生が学校で勉強する社会科って、かなり乖離している。

いま、この勉強をして将来役に立つの?という質問に対しては、正直、役に立つ、とは言い切れないかも。
長々と書いた割りに、すっきりしない結論ですねぇ。
これからもこのテーマ(社会を勉強する意味)については考え続ける必要がありますね。